2007年01月16日
日本酒の歴史
日本酒は、米を主原料として造られ、長い伝統をもった酒であるということは
皆様ご周知のことと思います。
では 一体いつ頃から造られていたのでしょうか。
文献をひもとくと 西暦400年頃(大和・飛鳥時代)にはすでに米を用いた
酒造りが登場しています。
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弥生時代
米を主原料として酒がつ造られるようになったのは縄文時代以後、弥生時代にかけて
水稲農耕が定着した後 九州・近畿での酒作りが その起源と考えられています。
その頃は加熱した穀物を口の中で噛み、唾液の酵素で糖化、野生酵母によって
発酵させる『口噛み』という、最も原始的な方法を用いていました。
奈良時代
奈良時代初期、米麹による醸造法が普及し、律令制度が確立されました。
役所(造酒司)が設けられ、朝廷のための酒の醸造体制が整えられたのも奈良時代です。
平安時代
『延喜式』※平安時代初期 には、米・麹・水で酒を仕込む方法・お燗に関する
記載がされています。
また 10種類ほどの違う酒の造り方についても記されています。
鎌倉・室町時代
商業が盛んになり、米と同等の経済価値を持った商品として酒が
流通し始めました。
酒造りの技術がグンっと進歩し 現在の日本酒造りの基礎がつくられました。
また、朝廷の酒造組織にかわって神社・寺院が酒を造るようになり
京都を中心に『つくり酒屋』が隆盛し始めました。
この時代に僧侶が造った酒を『僧坊酒-ソウボウシュ-』といいますが
現在の酒造りでも使われている発酵工程での製法や 日本酒の原材料を発酵
させるもとになる微生物の培養技術などは この時代にまでさかのぼることが
できます。
16世紀には、奈良で大量生産の先駈けとなる『十石入り仕込み桶』が製造され
酒は『寺院酒』から『地酒の時代』へと移行していきます。
数々の地酒が生まれ、酒質・製造量の競争は激烈を極め、多様化される中で
現在の清酒造りの完全な原型『諸白-モロハク-』仕込みが完成しました。
一方、大桶をつくる技術の完備によって、かめや壷で少量ずつ仕込んでいた頃より
生産量が飛躍的に増加し、まさに近代清酒工業の基盤が確立したのです。
諸白-モロハク- とは?
麹、掛米のいずれも白米を使用し仕込みしたものです。
ちなみに、『片白-カタハク-』とは麹を玄米・掛米のみ白米を使用した
仕込みのことです。
江戸時代
江戸時代初期頃までは、新酒・間酒・寒前酒・寒酒・春酒と
1年間に5回仕込まれていました。
これ以降は もっとも寒い時期に集中して造る『寒づくり』が行われるようになります。
優秀な酒造り技術集団の確保がしやすい時期であること・低温・長期発酵といった
醸造条件からも『寒づくり』が重要視されるようになりました。
この製法が 今に受け継がれているのです。
また、保全性を高める為の火入れや、歩留りを良くすると同時に香味を整え火落ち酸増殖の
危険を低くする柱焼酎の混和法(現在では 醸造アルコールを適量添加しています)など
当時ヨーロッパ諸国では見当たらない画期的な処理技術が続々と開発されました。
また天保には 酒造用水の水質の重要性が認識され、鉄分が少なく
有効ミネラルに富んだ水が酒造りに いかに重要であるかが実証されることになりました。
江戸中期には、海運の発達や問屋組織の確立と共に、酒造りが「地の酒」を超越して
巨大な装置産業へと発展していったのです。
明治時代
明治時代後半 速醸法があみだされ国立の醸造試験場が開設されました。
これによって 化学理論が酒造りに不可欠な要素として広く認識されました。
近年(昭和・平成)
昭和初期 縦型精米機の発明 温度管理・微生物の管理が容易なホーロータンクの登場
酵母の採取・分離・純粋培養といった技術の革新が相次ぎました。
昭和10年頃には、酒造の近代化、効率化に必要な計器機器類が ほぼ出そろい
第2次世界大戦を経て昭和後期 伝統への回帰・地域特性に基づいた酒質形成が
各地で行われ現在へと進んできました。



